☆月刊『医歯薬進学』6月号掲載:本格派のための小論文・面接の新技術――過去問演習編
(Theme:3患者と医療従事者の関係,コミュニケーション)より,紙幅の都合上本誌に掲載できなかった第4問目,「共感について」の解答案を掲載します。
◆問題4:次の文章を読んで、以下の問題に答えなさい。
[日本大学 医学部・医学科 2010年度]
◆課題文
私たちは会話をしているときに、
「本当にそうですね」
「それは困りましたね」
などと共感を示す表現をさまざまに使っています。外国語にも似たような言い回しがありますが、日本語のほうが種類豊富で、使われる頻度も多いように思われます。夫婦、親子などの家族、親しい友人との間ではとくに多いようです。
こうした言葉のやりとりでは、アドバイスや解決法を示してもらわなくとも、
「聞いている」
「受け入れている」
「理解している」
という気分を伝えるのが重要なので、具体的解決策ははじめから期待されていません。
また、これらの共感の表現では、たいてい主語ははっきり示されません。相手の話のどの部分に感心しているのかも相手に伝わりません。しかし、こうした共感を示す表現を使うと、自分の意見を詳しく説明しなくても、相手とあたたかい気持ちを分かち合うことができます。
細かいことをあえて言わずに、少ない言葉で相手の気持ちを包み込み、相手と一体になる。それが今までの日本人にとってはコミュニケーションの理想的な形でした。日本人が大好きな禅語である「以心伝心」も少ない言葉でわかりあうコミュニケーションをいいます。もともと禅の教えは「不立文字」といわれるように。書物でなく師から弟子に伝授されるものでした。
このようなコミュニケーションは、相手を思いやる気持ちがあって成立するものです。言葉で表現するだけのコミュニケーションよりも、さらに洗練されたコミュニケーションであるといえます。
しかし、「以心伝心」的なものを理想とするあまり、日本人は言葉で表現することに憶病だったり、必要以上の遠慮をしてしまったりする傾向があります。近年書店には、はっきりとものを言うテクニックを解説するハウツー本がたくさん出ていますが、それだけ言いたいことを思うように言えない日本人が多いからでしょう。
言いたいことが言えない、表現できない人のコミュニケーション力を初級としたら、言いたいことが言え、相手に伝えられる人は中級です。しかし、言いたいことを言葉にしていても意図が相手に伝わっていないときは、コミュニケーションといえません。きちんと伝わる日本語が使えるようになれば中級です。はっきりとものを言うことを学ぼうとしている人は、ようやく言葉を使うことの大切さ、中級レベルのコミュニケーションの価値に目覚めて、そこに進もうとする段階といえます。以心伝心による高度な共感のコミュニケーションは、その上のレベルにあります。
[引用文献:坂東眞理子『美しい日本語のすすめ』(小学館101新書・2009年10月)p.
27~29]
◆【問題】:筆者の述べる「以心伝心による高度な共感のコミュニケーション」のメリットとデメリットについてまとめた上で、医師と患者のコミュニケーションにおける「以心伝心」と「共感」についてのあなた自身の考えを、750字以上800字以内で論述しなさい。
◆ 解答案
筆者の述べる「以心伝心による高度な共感のコミュニケーション」とは,相手を思いやり,時にはあえて言葉を慎むことによって,相手と一体になることを目指すものである。そのメリットは,対立や紛争を避け,それらに起因するマイナスの感情をあらかじめ遮断することにある。そしてデメリットには,言葉を発することを躊躇させたり,一方的な思いやりによる価値観の押しつけを助長したりすることが考えられる。
そもそも,以心伝心のコミュニケーションには,同質の人間による共通前提が必要となる。同じ場を長期間共有したり,本音の言葉によるやりとりがあらかじめ取り交わされたりしなければ,以心伝心は成立しない。日本社会には,比較的同質な知識や価値観を比較的長期間にわたり共有してきたという歴史があるからこそ,共感のコミュニケーションが成り立つことが可能だったのである。
しかし,現代のように,価値観も人々の持っている情報・知識レベルも様々である社会においては,「以心伝心」の考え方は,一方通行の悪しきコミュニケーションをもたらしかねない。とりわけ患者・医師間を考えた場合は,致命的なトラブルや医療訴訟を引き起こす元凶にもなりうるのである。
医師と患者は,情報や前提知識が異なるし,心理状況も異なっている。さらに,もし同じ状態に置かれたときに持つ感情も,大きく異なっているだろう。同じ事実に対して,医師と患者が同じ気持ちを抱くことはまずないし,それぞれの患者によっても様々に異なっている。
したがって,医師患者間のコミュニケーションにおいては,以心伝心や共感はめったに成立しないものと考えることが必要である。言葉を尽くし,たとえ相手との考え方の違いがあったとしても,言葉のやり取りによって解決を目指すようなコミュニケーション,つまり言葉による「対話」こそが,目指されるべきではないかと考える。(780字程度)
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