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2012/04/05

【過去問演習編】第1回補講:理想とする医師像,科学者としての医師

20124月号から「過去問演習編」の連載を始めました。

今回は、第1回講義「理想とする医師像、科学者としての医師」より、問題1の解答例(雑誌掲載の答案と別解)を掲載します。

◆問題1:以下の文章を読んで、問いに答えなさい。[信州大学医学部 2011年度入試《前期》]

◆問題文は省略(赤本か『医歯薬進学』20124月号をご覧ください。)

問:著者は医師像を,ブラックジャック型(最先端医療専門医)と赤ひげ型(地 域のかかりつけ家庭医)の二つに分けて論じている。あなたの目標とする医師像が,(1)ブラックジャック型,(2)赤ひげ型,(3)両者の混合,(4)両 型のいずれにも該当しない,のいずれかを,その理由を明らかにして600字以内で述べてください。

◆解説:

この種の問題の「問題点」は,出題者の意図を捉え難いところにある。論文を書かせようとする問題なのか,あるいは単に,受験生の態度・考え方を書かせようとする(作文)問題なのか,わかりにくいところが確かにある。しかし,問いの中に「その理由を明らかにして」と書いてあることから推察できるのは,少なくとも,しっかりした根拠から主張を導くことが出来ているかどうかが大切だということである。出題者は,きちんとした論文を書いてほしいと考えている可能性が高い。

実際の入試において「あなたの理想の医師像は何か」というような問題が出された場合は,単なる作文ではなく,「論文」として書くほうがよい。つまり,今回の出題に対するのと同じように,客観性をもつ根拠・理由を用いて主張を展開するとよい。仮に,出題者が,単なる「心構え」(私はこのように頑張ってこういう医師になりたい等)を述べさせる「作文」レベルのものを求めていたとしても,「論文」を書いて落とされることはない。実際には,作文程度のもので合格できる試験であればなおさら,論文を書けば上位の点数で合格できる。安心して「論文」を書くようにしよう。

さて,この問題へのアプローチを説明しよう。

課題文が提示され,その後に問いが出されているようなタイプ(「課題文読解型」と呼ぼう)の解答を作るときには,まず,課題文に書かれてある論点を明確にしておかなければならない。

課題文の論点は,「お金と医療」である。課題文の著者は,「お金の前に医療がある」日本型のシステムと,「医療の前にお金がある」アメリカ型のシステムを比較し,アメリカ型に移行している(=利益の追求が求められている)ことが,日本における医療者のアイデンティティ・クライシスや医療崩壊の原因になっていることを説いている。

アイデンティティ・クライシスとは,直訳すると,「自己同一性の危機」,あるいは「自我の危機」という意味であるが,もっとわかりやすく説明すると,「(医師が)自分が何を目的として,何のために医師をしているのかわからなくなっている危機的状態」ということである。著者によれば,「患者を救ったという満足感」「市民からの尊敬」「患者の幸福」「人情」など,医師としての精神的な価値(=医師である目的)と,「利益追求」というアメリカ的・資本主義的価値の「折り合い」が付けられなくなっている現状が,医師のアイデンティティ・クライシスや医療崩壊の原因であるというのだ。

ここで注意をしてほしいのは,課題文の論点でフォーカスされているのは,「お金」と「医療(医師としての価値観)」の対比構造であって,「赤ひげ型」と「ブラックジャック型」の対比構造ではないという点である。赤ひげもブラックジャックも,“実際には”,裕福な患者からは高額な医療費をとり,貧しい患者からは医療費を取らない,「人情的な動き」もしていたのである。(山本周五郎原作の小説や手塚治虫の原作を読まなくとも,本文にきちんと書いてある)。

赤ひげは「かかりつけ医の源流」として,ブラックジャックは「外科医志望者の源流」として,それぞれの医師のタイプのモデルとなっているが,どちらもお金との折り合いをつけていたのである。

赤ひげは江戸時代の人,ブラックジャックは無免許医で,どちらも「自由診療」をしている。これが,現代の日本の医師との違いである。解答を作成する受験生の皆さんは,現代日本の医療保険制度の中で,経済合理性や経営目標など「お金」の問題と折り合いをつけながら,どちらのタイプの医師を目指すのかを答えなければならない。課題文を無視して答案を作成することのないように気をつけてほしい。

以下の解答案は,そもそもの医師の目的を「患者を死から遠ざけること」と定義し,その目的に沿うように自分の目標を設定させることで組み立てた。

課題文から読み取った,「お金と医療」のジレンマという論点への言及も忘れないようにしたい。解答案では,自分の選択が長期的には「社会全体の医療コストを下げる」ことに役立つと述べておいた。

◆◆解答案1◆◆(雑誌掲載文と同じ)

私の目標とする医師像は,最先端の医療知識を持つ専門医である「ブラックジャック型」である。以下,その理由を述べてみたい。

そもそも,医師の目的は,病気を治療することである。治療とは,究極的には患者を死から遠ざけることに他ならない。したがって,死の危険にある人を優先的に救うことは,医師に要請されている義務だと言ってもよい。実際,難病に苦しむ人の多くは,治療法や治療薬が確立されていないために死と隣り合わせに生きている。緊急性と重症度が高いにもかかわらず,本来であれば最優先で受けられる治療が受けられないでいるのである。

たしかに,病気の予防,日常的な軽度の疾病の治療なども,医師としての役割の一つである。しかし,これらは公衆衛生や日常的な健康管理により対応可能であるし,また,コ・メディカルの業務拡大によって対応可能な分野でもある。むしろそうすることで,社会全体の医療コストも抑えられるはずだ。

他方,重篤で死の危険にさらされている人の治療に必要な専門医は希少である。先端医療の専門医が増えることにより,臨床応用がさらに進み,高度な技術を安全かつ安全に提供できるようになるだろう。私は,せっかく医師になるならば,先端医療専門医を目指したい。こうして専門に特化することによって開発された技術や治療法は,時がたてば一般に普及し,最終的には多くの患者のメリットになるだろう。

◆◆解答案2◆◆(雑誌未掲載)

私の目標とする医師像は,頼りにできる総合医の「赤ひげ型」である。以下にその理由を述べる。

そもそも,医師の目的は,病気を治療することであるが,医療技術は万能ではない。医療とは,精神的なケアや日常の健康管理,予防といった総合的なコミュニケーションを含めて成り立っているのである。その意味で,地域に根づき,実際の患者とじっくりと向き合う医師が安定して存在し続けることは,何よりも大切である。

たしかに,先端医療技術を追究することによって救われる人命もあるだろうし,そのような技術を担う専門医の存在も重要である。しかし,死に至る疾病の多くは,慢性的な生活習慣や,新しい感染症,あるいはうつ病などの精神の病などである。こういった疾病が重症化するのを防ぐには,プライマリーケアを担う赤ひげ型の良医が不可欠である。また,医療を治療から予防へシフトさせることは,社会の医療コストをさげることにつながり,国民全体の健康の増進にも役立つ。

私は,社会からより強く求められているのは,赤ひげ型の良医であると考える。知識と技術だけでは,良医になることはできない。それらに加えて,ことばの説得力や,制度・組織の圧力にもめげない強靭な精神力も必要になる。昨今の医療を取り巻く「利益追求」という流れに抗い,誰もが公平に医療を受けられる社会を実現するには,制度の整備だけでなく,赤ひげを目指すことが必要なのである。